妊娠回数の多い女性の方が将来、認知症になりにくいというコホート試験の結果をご紹介しました。
今回は、
出産経験が5回以上の女性はアルツハイマー病になりやすく、という、ソウル大学(韓国)の報告をご紹介します。
流産を経験した女性はアルツハイマー病になりにくい、
ン?言っていることが反対?
一見、そう思われそうな結果ですね。
実は、女性ホルモンの乱高下を視野に入れて考えると、納得できる結果と言えます。
まずは、臨床試験の概要をご紹介し、その読み解き方を解説しましょう。
出産、流産とアルツハイマー病リスクの関係
Jang H, et al. Neurology. 2018; 91(7):e643-e651.【対象】
- 予め登録された3,549例の女性を対象に、軽度認知障害あるいはアルツハイマー病が発症した人としなかった人とで、出産・流産の経験に違いがあるかどうかを検討した(後ろ向きコホート研究、ロジスティック回帰分析)。
- 認知症にならなかった女性については、出産・流産の経験とミニメンタルステート検査(MMSE)※スコアとの相関を検討した(共分散分析)。
【結果】
- 出産経験5回以上(多産)の女性は、1~4回の女性と比較して、アルツハイマー病に罹るリスクが約1.7倍高かった(オッズ比[OR]:1.68、95%信頼区間[CI]:1.04~2.72)。
- 流産を経験した女性は、未経験の女性と比較して、アルツハイマー病に罹るリスクが約半分だった(1回の流産[OR:0.43、95%CI:0.24~0.76]、2回以上の流産[OR:0.56、95%CI:0.34~0.92])。
- 認知症に罹らなかった女性において、出産経験が5回以上の女性は、1~4回の女性と比較し、MMSEスコアが不良だった(p<0.001)。
- 認知症に罹らなかった女性において、流産を経験した女性は、未経験の女性と比較し、MMSEスコアが良好だった(p=0.008)。
- 出産経験が5回以上の女性は、1~4回の女性に比べて、認知機能が低下しやすい。
- 流産を経験した女性は、認知機能が低下しにくい。
流産が認知症予防に有効な理由
前回、「妊娠するとエストロゲンがたくさん分泌されるので、年を取ってから認知症になりにくい」というお話をしました。女性ホルモンが認知症を予防する
今回の研究報告では、出産経験が多過ぎる場合も認知症になりやすくなる、というもので、一見、矛盾します。
(ただし、今回の報告は、出産経験のない女性と比較したデータではありません)
では、もう一度、妊娠・出産とエストロゲンの分泌の関係を見てみましょう。
血中エストロゲン濃度は、妊娠中は通常の月経の何十倍も高い値を示しますが、産後は非常に低い値となります。
これは、授乳によって分泌されるプロラクチンが排卵を抑制するために、卵胞からのエストロゲンの分泌がストップするためです。
出産直後は、次の子どもを妊娠できないように、コントロールされているのでしょう。
このエストロゲンの低値は、ほぼ授乳している期間中、続きます。
妊娠しただけで出産に至らなければ、エストロゲンの高値だけを経験して、産後のエストロゲン低値を経験しないで済むことになります。
これは、
生涯を通じて分泌されるエストロゲンの量が増えるだけでなく、
エストロゲンの異常高値からの急激な低下を経験しないことでも、認知症の予防に働くと考えられるのではないでしょうか。
産後の体調不良は、エストロゲンの急低下の影響
認知症は、出産したばかりの女性には遠い先の話ですが、産後に起こる様々な体調不良も、エストロゲンの急低下が影響していると考えられています。産後うつは有名ですね。
関節リウマチ、シェーグレン症候群、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患も、出産を機に発症するケースがあることが知られています。
エストロゲンは様々な疾患から女性を守るホルモンなのに、出産という人生の一大事の後に急激に低下することで身体に悪い影響を及ぼすというのは、納得がいかないように感じますね。
これは、生物の進化の歴史を考えると、納得できます。
生物は、母親が出産することで継代されるのですから、優先されるのは確実に子どもを産むことであって、産後の母体の健康は二の次なのでしょう。
更年期のエストロゲンの乱高下について考える
閉経後、女性には加齢とともに様々な疾患が現れる(黄色囲み)。 男性では、若い頃から継続して少量のエストロゲン分泌がある(水色線)。 そのため男性では更年期症状は見られず、認知症や骨折も女性に比べて少ない。 |
これをエストロゲンの乱高下といいます。
詳細はこちらを⇒ホルモンの非常事態が更年期症状に!
乱高下の後、最終的にエストロゲンはほとんど分泌されなくなり、月経がみられなくなります。
更年期・閉経周辺期のエストロゲンの乱高下、その後のエストロゲンの枯渇のいずれの事態も、その後の健康に非常に悪い影響を及ぼすことが容易に想像できます。
実際に、憂うつや関節の痛みなど、出産後に見られるのと同じ症状が、更年期・閉経周辺期にも見られます。
妊娠・出産や流産に関しては、コントロールのしようがありませんが、更年期以降・閉経周辺期のエストロゲンの変動は、ホルモン補充療法(HRT)で防ぐことが可能です。
認知症をはじめ、図に示した多くの疾患の予防のために、HRTを考えてみてはいかがでしょうか。
0 件のコメント:
コメントを投稿