イナビル(一般名:ラニナミビル)は2010年に発売された抗インフルエンザウイルス薬です。
2016年現在、日本で保険適応が認められている、A型にもB型にも有効で、経口で投与できる抗インフルエンザウイルス薬は、
タミフル、リレンザ、イナビルの3剤です。
このうち、リレンザとイナビルは吸入薬。
なかでも、イナビルは、1回吸入するだけで有効、という手軽さからか、今年はよく使われているようです。
海外でイナビルは効果を認められなかった
ところが、このイナビル、海外での開発が中止になりました。
アメリカのビオタ(Biota Pharmaceuticals Inc)という製薬メーカーが行った臨床試験で、効果が認められなかったのがその理由です。
効かない薬を開発するのは無駄ですから、当然の判断でしょう。
この試験結果をご紹介します。
IGLOO試験
試験期間 : 2013年6月~14年4月
対象 : 12か国 639例(うち248例にPCRによりインフルエンザウイルス感染を確認)
試験方法 : ①イナビル80㎎投与群
②イナビル40㎎投与群(日本での成人に対する投与量)
③プラセボ群(偽薬群)
の3群にランダムに分け、二重盲検法により比較試験を実施
結果
- プラセボ群に比べ、イナビル40mg群、80mg群のいずれも、予後調査票によるインフルエンザ症状が改善するまでの期間(中央値)の有意な短縮は見られなかった(40㎎群:102.3時間 p=0.248、80㎎群:103.2時間 p=0.776、プラセボ群:104.1時間)。
- 定量的RT-PCR法による試験開始から3日時点でのウイルス排出量は、プラセボ群に比べ、イナビル40mg群(p<0.001)、80mg群(p=0.070)と有意な改善が見られた。
- 試験開始から3日時点におけるウイルス陰性化率は、プラセボ群に比べ、イナビル40mg群(p=0.002)、80mg群(p=0.020)と有意な改善が見られた。
- イナビル40mg群ではプラセボ群に比べ細菌二次感染の有意な減少(p=0.013)が確認された。
つまり、イナビルによって、
患者から検出されるウイルスの量は若干減ったけれど、症状の改善の具合はイナビルを使っても使わなくても変わらなかったということです。
Biota Reports Top-Line Data From Its Phase 2 "IGLOO" Trial of Laninamivir Octanoate
日本の臨床試験でも、イナビルはプラセボ群と有意差なし
では、日本では効果が認められたのでしょうか。
疑問に思ったので、調べてみました。
開発段階で日本の製薬メーカーが行った臨床試験の結果でも、プラセボ(偽薬)と比較した試験で、イナビル投与群とプラセボ群の効果に、差は認められませんでした。
日本では、
タミフルと同等の有効性が確認されたことを理由にして、イナビルが承認されていたのです。
イナビルとプラセボを比較して差がなかった、という臨床試験についてご紹介します。
この試験は、台湾で行われています。
日本では、インフルエンザの患者さんにプラセボを投与するのが難しかったのでしょう。
日本人は、抗インフルエンザウイルス薬を盲信していますから(笑)
対象 : A型またはB型のインフルエンザウイルス感染症患者
試験方法 : ①イナビル20㎎投与群 47例
②イナビル10㎎投与群 53例
③プラセボ群(偽薬群) 47例
の3群にランダムに分け、二重盲検法により比較試験を実施
結果:
- 体温が平熱(37.2℃以下に下がるまでの時間の中央値は次の通り
①イナビル20㎎投与群 38.5時間
②イナビル10㎎投与群 39.7時間
③プラセボ群(偽薬群) 41.0時間
- イナビル投与群とプラセボ群に統計学的に有意な差は認められなかった(一般化ウイルコクソン検定)
- 副次評価項目であるインフルエンザ罹病期間の中央値についても、イナビル投与群とプラセボ群に統計学的に有意な差は認められなかった(一般化ウイルコクソン検定)
注意:日本での成人に対する投与量は40㎎です。
この試験については論文が投稿されていません。
下記の
厚生労働省の審議結果報告書のp55に書かれている内容が、一番詳しい情報だと思います。
日本では、開発段階のデータを学術論文として公表しなくても済むというのも、おかしな話です。
2000年までは、このようなデータを学術論文として公表することが義務付けられていたのですが、規制緩和によって、撤廃されてしまいました。
イナビル第Ⅱ相臨床試験
厚生労働省医薬食品局審査管理課 審議結果報告書 平成22年8月3日 P55 台湾第Ⅱ相臨床試験
第Ⅲ相臨床試験では、患者の主観で効果を判定
前述の日本の
第Ⅱ相臨床試験では、主要評価項目として
「体温が平熱(37.2℃以下)に回復するまでの時間」を見ていたのですが、統計学的に有意差が認められなかったためか、その後に日本で行われた臨床試験では、主要評価項目が
「インフルエンザ罹病時間」に変更されました。
「インフルエンザ罹病時間」とは
治験薬の初回投与から患者日記に記載される各インフルエンザ症状(頭痛、筋肉または関節痛、疲労感、悪寒または発汗、鼻症状、喉の痛み、咳)について、
0~3 の4 段階
0:なし
1:ほとんど気にならない[軽度]
2:かなり気になる[中等度]
3:がまんできない[重度]
で、患者自身で評価し、
すべての症状が「なし」または「軽度」に改善し、それらが21.5時間以上継続する最初の時点までの時間と規定されています。
つまり、イナビルの効果は最終的に、数値による医師の判定ではなく、
患者の主観によって評価されたということです。
第Ⅲ相臨床試験の結果は、『イナビルはタミフルと同等』
製薬メーカーが行った最終的な臨床試験の結果は、
イナビルは、タミフルと同等に「インフルエンザ罹病期間を短縮する」
というものです。
ただし、このときの対象には、「タミフル抵抗性インフルエンザウイルス(H275Y変異ウイルス)」に罹患した患者さんが、63~66%含まれています。
なので63~66%の患者さんには、タミフルは効きにくかったと考えられます。
イナビルは、タミフル抵抗性インフルエンザを含むインフルエンザに対するタミフルの効果と同等の有効性を示す
と考える必要がありそうですね。
そして、その効果のほどは、表の通りです。
A型(H1N1)ではタミフル群と同じくらいの効果が認められています。
特に、小児では、イナビル群の方が罹病期間が短く、イナビル20㎎群では統計学的な有意差が認められています(中央値の差のタミフル群を対照群とした一般化ウイルコクソン検定:P=0.001)。
しかし、A型(H3N2)に対しては、タミフルの方が効果が高くなっていますね。
イナビル第Ⅲ相臨床試験
Long-Acting Neuraminidase Inhibitor Laninamivir Octanoate versus Oseltamivir for Treatment of Influenza: A Double-Blind, Randomized, Noninferiority Clinical Trial Watanabe A, et al.:Clin Infect Dis 2010;51(10):1167-1175
イナビル第Ⅲ相臨床試験(小児)
Long-acting neuraminidase inhibitor laninamivir octanoate (CS-8958) versus oseltamivir as treatment for children with influenza virus infection.Antimicrob Agents Chemother. 2010 Jun;54(6):2575-82. doi: 10.1128/AAC.01755-09. Epub 2010 Apr 5.
イナビルは小児ではA型には効かない?
小児のA型(H1N1)、A型(H3N2)の結果を見ると、イナビル20㎎の方がイナビル40㎎よりも、罹患期間が短く、高い効果が得られています。
一般的に、薬は、用量を増やすにしたがって有効性が高くなり、やがて、頭打ちになります。
ですから、薬を開発するとき、その物質の用量が増えるにしたがって有効性が高くなることを確認することで、その物質が有効であると考えます。
つまり、小児で見る限り、A型に対してはイナビルは効かない=薬と言えないと考えられるわけです。
イナビルはどこで効いているか確認できていない
タミフルは経口投与だから、全身性の副作用が現れやすいけれど、イナビルとリレンザは吸入だから全身性の副作用は少ないと思われるというお話を、以前紹介しました。
インフルエンザ*タミフルよりはリレンザ・イナビルが安心
健康な成人への投与で、血液中に比べて
肺胞粘液中に107倍のイナビル(活性体)が検出されたということです。
しかし、
本当にイナビルがのどの辺りの局所に作用しているかわからないという問題が、厚労省での承認の際に、専門家の間で討議されていました。
どういうことかというと・・・
|
インフルエンザウイルスは主に咽頭に感染して増殖。
イナビルは肺胞に分布することが確認されている |
インフルエンザウイルスは肺ではなくて主にのど(上気道)に感染して、のどで増殖します。
肺胞中にいくらたくさん薬が到達していても、あまり意味がありません。
イナビルが、
のどにどのくらい到達するかというデータは、報告されていません。
ちなみに、喘息などに使われる吸入薬では、どのくらいのサイズの粒子が肺まで移行しやすいかという研究が、しっかり行われています。
吸入器(デバイス)についても、かなり研究されていて、使い勝手がよくなりました。
局所投与の抗インフルエンザウイルス薬は、肺ではなくて、のどに留まる割合が重要です。
特に、お子さんや高齢者では、上手に吸入できない可能性もありますから、デバイスや粒子径などの研究も、進めていただきたいですね。
ちなみに、イナビルの作用部位については、承認後の製薬会社の検討課題として残されています。
国産の新薬ですから、国も一刻も早く承認を下したかった・・・ということ?でしょうか。
イナビルは約1/4が血液中に移行
イナビルの長所は、
吸入なので全身性の副作用が現れにくいと考えられるという点にあります。
「作用がタミフルと同程度ならば、副作用が少ないだけやっぱりイナビルがいい」と考えられそうです。
そこで、イナビルがどのくらい血液中に入るのかを調べました。
健康な成人にイナビルを投与したところ、
尿中にイナビル(活性体)が投与から6日間で23.1%排泄されました。
ということは、少なくとも
23.1%は血液中に入り活性体となって、全身を回った後、腎臓から排泄されたことになります。
残念ながら、脳への移行については、人では確認されていません。
(これは、イナビルに限ったことではありません)
また、ラットでは、67%が尿中、残りの20数%が糞便中に排泄されています。
通常、気道で作用した薬は、気道から痰などに混ざって出ていくので、血液中に入ったとしても微量と考えられます。
ですから、イナビルが本当に
気道で作用しているかどうかに疑問を持っている研究者もいるようです。
イナビル吸入粉末剤20㎎ インタビューフォーム
血液中に入るということは、
全身性の副作用が現れる可能性も考えられます。
参考までに、イギリスの研究結果では、タミフルの服用で、成人で約4%、小児で約5%、吐き気と嘔吐の副作用リスクが増加したと指摘されています。
インフルエンザ*タミフルはどのくらい効くの?
私は・・・「抗ウイルス薬」は怖いです
では、インフルエンザに罹ったらどうすればよいのでしょう?
個人的にお勧めする対処法は、こちらをご覧ください。
これまで、抗菌薬が、腸内細菌に作用することで生涯を通して、悪影響を及ぼすというお話をしてきました。
抗ウイルス薬も同じです。
ウイルスは、細菌のように顕微鏡で見ることができないほど小さいので、細菌以上に未知の存在です。
細菌以上に、私たちの身体に深いかかわりを持っているかもしれません。
生物の進化にウイルスが関わっているという学説もあります。
そんな、人類よりはるかに昔から存在している偉大な存在に、浅はかな人知でむやみに手を出すのは恐ろしいと思います。
抗インフルエンザウイルス薬を投与したところで、インフルエンザ脳症を防げないことは、確認されています。
たった1日早く、咳や鼻水を鎮めるために、抗インフルエンザウイルス薬を使うことに意味があるかどうか、よく考えましょう。
2018.02.01