今日は、女性ホルモン(エストロゲン)と運動の関係についての研究を紹介します。
エストロゲンは、体の中で酵素の働きによって少しずつ形を変え、最終的に尿中あるいは糞便中に排泄されます。
このように、化学物質が体の中で形(構造)を変えることを「代謝」、形が変わった物質を「代謝物」といいます。
形が変わると、作用も変わります。
エストロゲンの代謝物の中には、作用の強いものもあれば弱いものもあり、また、発がん性と関係のあるものもあります。
エストロゲンがどのようなタイプの代謝物に変化するかに、運動が関係しているというデータが、アメリカで報告されています。
運動で乳がんリスクが低下する
以前、HRT を行うことで乳がんのリスクが高まると、多くの方に誤解されているというお話をしました。HRTは乳がんの原因になる??
最近のデータでは、HRTにより乳がんによる死亡はむしろ減少することが確認されています。
18年のフォローでHRTの安全性を検証
とはいっても、HRTを行うか否かにかかわらず、乳がんにはなりたくないですね。
運動を習慣にしている女性では、乳がんのリスクが低いことは多くの研究で証明されています。
今回紹介する研究は、運動が乳がんのリスクを減らす理由を検討したものです。
若い女性を対象に、運動することでエストロゲンの代謝が乳がんになりにくい方向に進むようになることが報告されました。
Smith AJ et al. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2013 May;22(5):756-64.
【臨床試験報告】
対象:運動習慣のない18-30歳の391人の女性を、運動を行う群212人と行わなわない群179人に分けた。
方法:運動を行う群では1回30分間の有酸素運動を週に5回のペースで16週間行った。
16週間後に、運動を行った群と行わなかった群とで、血液中のエストロゲンの代謝物の濃度を測定した。
結果:運動を行った群では行わなかった群に比べて、エストロゲンの代謝物のうち2-OHE1(2-ヒドロキシエストロン)に対する16α-OHE1(16アルファ-ヒドロキシエストロン)の割合が統計学的に有意に少なかった(p=0.045)。
- 血液中のエストロゲンが代謝された結果できる物質の中で、16α-OHE1に対する2-OHE1の割合が高いと乳がんになりにくい。
- 運動すると16α-OHE1に対する2-OHE1の割合が増える。
- このような仕組みで運動すると乳がんになりにくくなることがわかった。
つまり、運動すると、エストロゲンの代謝物のうち、16α-OHE1に対する2-OHE1の割合が高くなることで乳がんになりにくくなると考えられます。
HRTでエストロゲンを補う場合も、同様に運動することで乳がんのリスクを減らすことができるといえるでしょう。
HRTで補うエストロゲンは、若いときの分泌量に比べればほんの少量ですから、過度な運動は必要ありません。
とはいえ、「HRTをしていれば安心」と思わずに、「HRTで身体を若く保っているのだから、それなりの運動をしよう」と意識することは必要です。
エストロゲンの代謝とリスクの関係
下の図は、エストロゲンの代謝経路を示しています。エストラジオールは、HRTに用いられるエストラーナテープやジュリナなどの主成分。 エストリオールは、HRTに用いられるホーリンなどの主成分。 ピンクは活性が高い代謝物、緑は活性が弱い物質を示す。 |
赤枠の16α-OHE1と4-OHE1は、活性が高く悪玉と考えられます。
反対に、緑の2-メトキシエストロンや2-メトキシエストラジオールなどは、ほとんど活性を示しません。
「メトキシ〇〇」というのは「CH3-O:メトキシ基」が付いた形です。
このようにメトキシ化された化学構造になると、体外に排泄されます。
したがって、エストラジオールからエストロンに代謝されたあと、16α-OHE1、4-ヒドロキシエストロン(4-OHE1)ではなく、2-OHE1の方向に代謝が進めば、リスクを減らすことができるといえます。
ここで働いているのはシトクロムP450 1A1(CYP1A1:シップワンエーワンと読みます)という酵素です。
また、4-OHE1から4-メトキシエストロンへの代謝が進めば、悪玉が早く身体からなくなります。
この反応は、カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT:コムトと読みます)という酵素が働くことで進みます。
運動することでCOMTの活性が高まり、16-OHE1や4-OHE1が作られにくくなると考えられます。
細胞分裂が異常に速まって歯止めが効かなくなっているのががん細胞です。
エストラジオール、16α-OHE1は細胞が分裂するのを速め、2-メトキシエストラジオールはその作用を抑えるという報告もあります。
Lewis JS et al. J Mol Endocrinol. 2005; 34(1): 91-105.
また、エストリオールは60歳代以降の方のHRTに勧められるエストロゲン製剤ホーリンの主成分ですが、エストリオールからは他の物質に代謝される矢印は出ていません。
エストリオールも体外に排泄されやすい物質です。
したがって、エストリオールが乳がんを増やすことはありません。
経口のエストラジオールは 16α‐OHエストロンに代謝されやすい
エストラジオールの経口薬は、飲むと腸管から吸収されて、肝臓で90%が代謝を受けます。実はこのとき、ちょっと困ったことがあります。
肝臓には図の17β-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(17β-HSD)の6型とCYP3A4が豊富にあるので、
エストラジオール → エストロン → 16α-OHE1の反応が進みやすいと考えられます。
エストラジオールの経口薬にはジュリナがあります。
ジュリナの臨床試験の結果を見たところでは、代謝が原因となるような副作用は認められていませんが、経口薬では理論的には16α-OHE1が多く産生される可能性があります。
経口薬を使用する場合は、運動をしたほうがより安心と言えるでしょう。
エストラジオール製剤の種類についてはこちらをご覧ください。
経口のエストラジオールでは薬の常用、飲酒の習慣もリスクに
薬によってはCYP3A4を増やしてしまうものがあります。飲酒の習慣のある人もCYP3A4がたくさん出ています。
他の薬を常用する必要のある人や飲酒の習慣のある人では、経口薬でのHRTは避けたほうがよいかもしれません。
禁煙はHRTでは必須
喫煙の習慣はCYP1B1を増やします。その結果悪玉の4-OHE1が増えてしまうと考えられます。
喫煙は静脈血栓塞栓症のリスクでもありますから、HRTそのものもお勧めできません。
そもそも、喫煙の習慣があるということは、“若さも健康も諦め、老後は呼吸困難と寝たきりに甘んじる”ということと同義だと思います。
喫煙者は、HRTを行う前に禁煙することが必須でしょう。
喫煙は「ニコチン依存症」という立派な病気です。
禁煙治療は新薬が開発され、とても進歩しています。
諦めずに是非禁煙しましょう。
HRTに関するこれまでの記事は、こちらをご覧ください。
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