受験生を抱える家庭など、家族が感染した時にはタミフルを使えばいい、と考えている方も多いかと思います。
とはいえ、副作用が出ることもありますし、悩みどころ。
今回は、抗インフルエンザウイルス薬で、感染を防ぐべきかどうかを考えてみます。
抗インフルエンザウイルス薬の予防投与の対象
インフルエンザに効くとされる抗インフルエンザウイルス薬には、どれも予防使用が認められています。薬の費用は患者の3割負担(保険者が7割払ってくれる)にはならず、自費となりますが、次のような人を対象に厚生労働省の承認が下りています。
インフルエンザ感染症を発症している患者の同居家族や共同生活者で
- 高齢者(65歳以上)
- 慢性呼吸器疾患患者
- 慢性心疾患患者
- 代謝性疾患患者(糖尿病など)
- 腎機能障害患者
ただし、健康成人と13歳未満の小児は予防使用の対象にならない。
実際には、お医者さんに行って「子供が受験だから…」など、事情を説明すると、インフルエンザに罹っていることにして処方してくれることも多いようです。抗ウイルス薬の予防投与の効果
日本で発売前に行われた臨床試験の成績
日本で予防に使われた際の効果をみた試験をご紹介しましょう。タミフルの予防使用が、統計学的に有意にインフルエンザの発症を予防したというデータです。
試験: プラセボ(偽薬)を対照とした第Ⅲ相臨床試験(JV15824)
投与期間: 42日間投与
対象: 高齢者を含む健康成人308例(プラセボ;153例、タミフル;155例)
インフルエンザが発症した割合: プラセボ群13例 8.5%、タミフル群2例1.3%
リン酸オセルタミビルのインフルエンザ発症抑制効果に関する検討これだけみると、予防接種よりは効くかな?という感じはします。
が、この試験結果には続きがあります。
インフルエンザが発症したのがプラセボ群13例 8.5%、タミフル群2例1.3%というのは、「37.5℃以上の発熱があり、インフルエンザの症状が2つ以上みられ、鼻の検査でインフルエンザウイルスが認められたか血液検査で抗体価が上が
抗体価というのは、インフルエンザウイルスが感染した時に、これをやっつけようとしてリンパ球が作るイムノグロブリンG(IgG)の量のこと。
抗体の量が多くなることを「抗体価が上がる」といいます。
感染してからIgGが増えるまでには、1週間から10日かかるとされています。
免疫系が弱っている人では、抗体価が上がるのに時間がかかる可能性があります。
つまり、インフルエンザに罹っていても、血液検査で抗体価が上がっていないために「インフルエンザウイルスが感染していない」と診断されてしまうことがあり得ます。
ここで、右の表の一番下の列を見てください。
これは「検査ではインフルエンザウイルスが感染したと認められなかったけれどもインフルエンザと同じ症状の風邪をひいた人」の結果です。
この中には、実はインフルエンザに感染していたけれど、抗体価が上がるのが遅かったために「インフルエンザ感染なし」とされた人が含まれる可能性があります。
タミフルで予防した人40人、予防しなかった人44人が該当します。
他のパターンに比べて人数が圧倒的に多いですね。
この試験の結果をまとめると、
タミフルで予防すると、インフルエンザ感染が確認できる風邪にはかかりにくくなるけれど、インフルエンザ感染が確認できない風邪のかかりやすさは変わらない
ということになります。発売後の世界のデータをまとめた報告
前回ご紹介したコクラン共同計画の結果に、予防使用に関するコメントがあるので紹介しましょう。コクラン共同計画とは世界的に様々なデータを集めて解析して有効性を検討する計画で、タミフル・リレンザを使った14,628人の患者さんについて調べています。
タミフルをインフルエンザの予防に使用した場合、精神科関連の副作用リスクが約1%増加した
Jefferson T, et al. Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children. Cochrane Database of Systematic Reviews 2014, Issue 4. Art. No.: CD008965. DOI: 10.1002/14651858.CD008965.pub4タミフルは予防に使っても副作用がみられる場合があるということです。
予防使用は飲み続けなければNG
予防に関して、大切な注意事項があります。それは、抗インフルエンザウイルス薬を予防に使うときには、予防したい期間中、ずっと飲み続ける必要があるということ。
予防接種のように、1回飲めば1シーズン効く、というものではありません。
厚生労働省も、「予防の基本は予防接種」としていて、お医者さんが1回に処方できるのは10日間分までです。
抗ウイルス薬の作用機序から考えられること
では、なぜ、インフルエンザの予防は、抗インフルエンザウイルス薬よりも予防接種で行った方が良いといわれるのでしょうか?それは、予防接種が自分自身の免疫の力を高めるのに対して、抗インフルエンザウイルス薬はウイルスのタンパク質に直接作用するためです。
今、インフルエンザに使われている薬はどれも、ノイラミニダーゼ阻害薬といって、ノイラミニダーゼというインフルエンザウイルスのもつタンパク質を阻害する薬です。
といっても、よくわからないですよね。
もう少し詳しく説明しましょう。
インフルエンザウイルスの増え方
ちょっと話がそれますが、インフルエンザウイルスがどのようにして増えるかをみてみましょう。
薬の作用を理解するのに知っておいた方がいいと思います。
下の図は、のどの奥の細胞にインフルエンザウイルスが入っていって、分裂して、細胞から出ていく過程を示しています。
インフルエンザウイルスは、エンベロープと呼ばれる殻の周りに、ヘマグルチニンとノイラミニダーゼという棘をつけています。
インフルエンザウイルスは、エンベロープと呼ばれる殻の周りに、ヘマグルチニンとノイラミニダーゼという棘をつけています。
インフルエンザウイルスは、そのままでは感染力がありません。
呼吸器と腸管にあるプロテアーゼという酵素でヘマグルチニンの形が変わることで、感染力を持ちます。
ですので、普通のインフルエンザウイルスは呼吸器と腸管以外の細胞には感染できません。
この棘を利用して人の細胞の中に入ったり細胞から外へ出たりします。
呼吸器と腸管にあるプロテアーゼという酵素でヘマグルチニンの形が変わることで、感染力を持ちます。
ですので、普通のインフルエンザウイルスは呼吸器と腸管以外の細胞には感染できません。
この棘を利用して人の細胞の中に入ったり細胞から外へ出たりします。
順を追って説明しますね。
A: インフルエンザウイルスがのどの奥に入ると、のどの粘膜にあるプロテアーゼで形が変わったヘマグルチニンが、ヒトの細胞膜にある糖鎖の先端のシアル酸にくっつきます。
B、C: 細胞膜にくっついたウイルスは、ヒトの細胞膜に包まれた状態で中に入り込んでいきます。
D: 細胞の中に入ると、RNAと包まれていた膜から出て、ヒトの細胞が持っている酵素を利用して、RNAやタンパク質(ノイラミニダーゼ、ヘマグルチニンなど)を増やします。
E: 増えたタンパク質は、ヒトの細胞膜の表面に並び、その細胞膜をエンベロープにしてRNAを中に入れた状態・・・つまり、インフルエンザウイルスの形を完成させて、細胞から外に出ていきます。
G: 外に出たときにも、粘膜にプロテアーゼがある気道(のど~気管~肺)や消化器の細胞では、ヘマグルチニンは糖鎖のシアル酸にくっつきます。こうして、インフルエンザウイルスはのどを振りだしにして、主に上気道(のど)で増え、一部は消化器でも増えます。通常のインフルエンザウイルスは気道や消化器に感染して発病しますが、高病原性のインフルエンザウイルスは気道や消化器以外の全身の細胞の内側のプロテアーゼでもヘマグルチニンの形が変わるので、外に出たときには既にヘマグルチニンの形が変わっていて、全身の細胞に感染できます。ですので重症となるのですね。
くっついたまま離れなければ、インフルエンザウイルスは細胞つなぎとめられたままで体に広がっていけません。
この、最後のGのところを拡大したのが右のイラストです。
ここで働くのがノイラミニダーゼ。
ヘマグルチニンにくっついたシアル酸を、ノイラミニダーゼの先端が取り込んで壊すことで、切り離すのです。
ノイラミニダーゼの先端にはシアル酸がピッタリはまる形をしたポケットがあって、ここにシアル酸を取り込んで分解します。
このノイラミニダーゼを阻害するのが抗インフルエンザウイルス薬です。
抗インフルエンザウイルス薬の作用
下の図の緑の▲はタミフルです。タミフルはシアル酸に似た形(化学構造)をしています。
そのために、シアル酸の代わりにノイラミニダーゼの先端のポケットに入り込み、ノイラミニダーゼがシアル酸を切り離すことができなくなります。
現在使われているタミフル以外の抗インフルエンザウイルス薬も、似たような形をしていて、同じように作用します。
さて、このノイラミニダーゼ、インフルエンザウイルスだけが持つものではありません。
全く同じではありませんが、ノイラミニダーゼの兄弟のような酵素を、ヒトも持っています。
今のところ、抗インフルエンザウイルス薬はインフルエンザウイルスのノイラミニダーゼだけに作用すると、製薬メーカーは言っていますが、ヒトのノイラミニダーゼに絶対に作用しないという保証はありません。
もうひとつ、この作用の仕組みから言える大事なことがあります。
ここまでのお話でお気づきかと思いますが、抗インフルエンザウイルス薬は、インフルエンザウイルスがのどの細胞に感染する(細胞の中に入っていく)ところは防ぐことができません。
タミフルの中枢神経への作用の可能性
抗インフルエンザウイルス薬は、中枢神経を抑えて症状が治ったように見せているだけかも?
先ほどお示ししたコクラン共同研究の報告に気になる考察があるので、ご紹介します。前回のインフルエンザ*タミフルはどのくらい効く?でも、お話ししました。
それは・・・
- タミフルが炎症促進性サイトカインの濃度を低下させることで、免疫反応が治まり、インフルエンザの症状が改善していることが考えられる。
- とすると、タミフルには中枢神経(脳の神経)抑制作用があり、その結果、熱が下がり、見かけ上、症状が改善したようになっているという可能性がある。
ただ、脳の細胞の膜の表面にもシアル酸はたくさんあるし、ノイラミニダーゼもたくさんあることが考えられるので、その部分に薬が効いていないとは言い切れません。
タミフルは脳の中に入れるの?
では、口から飲んだタミフルのうち、どのくらいの量が血液を通して脳の中に入るのでしょうか?気になったので、調べてみました。
というのは、体の中で脳というのは特別に守られていて、簡単には薬が入っていけないようになっているのです。
もう少し、詳しくお話ししましょう。
脳に栄養を送っている毛細血管には血液脳関門(blood-brain barrier;BBB)というバリアがあります。
ここを通過できる物質は、ごく限られています。
グルコース(ブドウ糖)はこのBBBを通過できるから、脳の栄養になれるのです。
さて、タミフルについて製薬メーカーの資料を調べてみると・・・
タミフルインタビューフォームP53
経口投与したタミフルがどのくらい脳に移行するかは、ラットの実験結果しかありません。
ヒトで調べるわけにはいきませんからね。
それによると、
- 脳内に入る薬の量(AUC)は血液中の薬の量の22~34%程度(ラット)
人では脳脊髄液中の薬の濃度を測定したデータがあります。
- 血液中を100としたとき、2~3が脳脊髄液中に入る
と、ここまでは2015年の「インタビューフォーム」という資料に書かれていたデータです。
実は、2008年に作られたインタビューフォームには、違うデータが取り上げられています。
- 生後7日のラットでは、脳中のタミフルの量は血漿中の240倍だったが、生後42日のラットでは1.4 倍で、ラットの成長と共に低下していた
これはラットの実験ですから、ヒトに置き換えられるかどうかはわかりません。
置き換えられない場合の方が多いかとは思います。
でも、可能性として、小さいお子さんでは脳に移行しやすい危険があるので注意しましょう、とはいえるのでは?
いずれにしても、13歳未満のお子さんはタミフルの予防投与の対象からは外れています。
が、インフルエンザに罹ったときの治療薬としては、適応が認められています。
では、予防したかったらどうすればいい?
先ほどもお話ししたように、感染予防に抗インフルエンザウイルス薬を使うときは、予防したい期間、ずっと飲み続ける必要があります。受験の直前に兄弟が感染したからどうしても、というのであれば、短期間だけ使う程度にするのがよいでしょう。
それも、タミフルよりはイナビルかリレンザの方が、まだ副作用は少ないかもしれません。
理由はこちらをご覧ください。
インフルエンザ*タミフルよりはリレンザ・イナビルが安心
ただし、副作用で受験の時に気分が悪くなる可能性もあります。
それに、もし、中枢神経抑制作用が現れたとしたら、頭が働かなくなってしまいます!
予防だけでなく、インフルエンザに罹ったとしても、タミフルに限らず、リレンザやイナビルなどの抗インフルエンザ薬は使わないほうが良いように思います。
使っても、副作用の心配があるだけで、たいして効果は期待できません。
インフルエンザ治療薬 イナビルは本当に有効?
では、どうするか?
こちらをご覧ください。
インフルエンザ*漢方薬で早めの対策
とても勉強の役に立ちました。有難う御座います。
返信削除B,Cの「ひとの細胞膜」の所が『ヒト』でなく『ひと』になってます。
気になったので一応書きましたが、余計なお世話だったらすみません。
ご指摘、ありがとうございます!修正しました。今後ともよろしくお願いいたします。
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